さっきのブログにも書きましたが
明日は明日の風が吹くとは
とてもやさしい表現で
実際では、
明日、命がある保証もないものです。
幼い頃から一緒に育った従弟を
24年前、日本に来たばかりの年の秋に
バイクの事故で一瞬で亡くしています。
彼は、救命措置すら必要とせず
若い命は、突然OFFしたのです。
今も彼は私の中で
180㎝ぐらいの
格好良く優しく
はにかむ笑顔が素敵な弟でいます。
もうこの世で
二度と会えなくなって24年が過ぎました。
伯父と叔母も、
突然息子を亡くしてから同じ年月が過ぎています。
事故の確率はそんなに高くはないと思います?
私もそうでした!
少なくとも自分が骨を折るまではね!
事故にでも遭わない限り
平地で骨折するって意味わからないと思って40数年生きていました。
実際、大腿骨骨折は
すごく楽しく笑っている最中に
起こったのです。
転んだあと
起き上がろうとした瞬間激痛が走ったのです。
あれ?!
少ししたら収まると思って数秒待ったのですが
まったく動けず!
その様子をみた通りすがりの人が
”君骨折れてるよ”って言ってくれて気づいたのです!
あ!骨折ってこんな簡単にしちゃうんだ!ってね
ありがたいことに、
その方が救急車を呼んでくださって
周りの方を呼び止めて、
私の背中や折れた足を支えるように指示をしたりして
20分ほどして、救急車に乗せてもらえましたが
その痛みといったら、一度その痛みを感じたら
愛する人に振られることなんか痛くも何ともないと思えるぐらい(笑)
2年以上も経っていますが
今も脚に違和感は残っています。
楽にしゃがむこともできません。
階段もやっと慣れてはきましたが
時々変な違和感があります。
さっきも、
お仕事帰りに階段を登りながら、
ふと思い出して、
いまだに
あの一瞬で骨が真っ二つに折れたことが信じられないと同時に、
細い血管が一本しかない骨だというのに、
その血管も骨と一緒に切れたというのに、
くっついでくれて、
栄養を運んでくれて
100日かけて骨を修復してくれたことが
それこそ、何と奇跡的で、
ありがたいかをかみしめながら
感謝しながら帰って来たのです。
おかげで、
遅い夜ご飯をうっかり食べ過ぎてしまいました(笑)
人から見ると40代も半ばを過ぎ、
離婚していて、
稼ぎも少なくて
お金をくれる男もいなくて
子供たちとも1万キロも離れていて
年取った両親も具合が悪くて
父は心臓、腎臓、脳の血管を悪くなって入退院を繰り返していて
母と老々介護になっていて
そう、そうなんですよ!
もう
あたし人生失敗だらけね!
そんな予定で
24年前、
一人で、
バッグ二つで
海を渡ってきたわけではないですがね(笑)
でも、私は幸せなの!
なぜかっていうと
幸せは権利だから
理由が不要だから
内蔵されているから
感謝が湧いてくるから
知ってる?
不幸な理由を日々見つける努力さえしなければ
いろんな事は、あるけど、
不幸の理由にはならないの
わかる人には意味が解るはず
わからない人を説得するつもりはないです
もっとも、
そんな説得力をもつ人間なら
今頃
ほかの世界で
ほかの生き方をしているでしょうしね(笑)
凡人ではありますが
凡人だからこそ
世界に何も求めないからこそ
自分の中にあることに気づく
だからこそ
わかる、感じる、もてる幸せ
そして、それは生まれながらのものだってことも解ります。
それを知恵、愛とも言います。
本当に、
明日の風を読むことをやめて
明日の天気の心配をするのをやめて
今日が雨なら、
傘がなくても雨の中で踊り
今日が晴天なら、
日焼け止めをたっぷり塗る
愛する人が苦しんでいたら
心を込めて祈る、愛を送る
愛する人い傷つけられたら
全世の借りを返したと思う
あなたの今日が
あなたのいまが
あなたのもので
ありますように
愛と感謝を込めて♡